つながる暮らし、つなげる暮らし – きみので暮らそ。

つながる暮らし、つなげる暮らし

川内さん

約十五年前、紀美野町がまだ美里町と野上町だった時代に移住してきた川内夫妻。

ふたりとも出身は関西だが、長く関東で暮らしていたUターン組だ。「振り返ったらあっという間。ついこの間のことのよう」。そう語るふたりは、『紀美野定住を支援する会』の前身である『美里ふるさと村』時代から定住支援に関わっている、紀美野町移住者の先駆けともいえる存在だ。

セルフビルドで家を建てる

都会にいたころから、休みの日には子どもたちと一緒に山や海に遊びに行っていた。夫婦そろって、定年になったら、自然の豊かなところへ行こうという気持ちがあった。和幸さんが五四歳のときに会社が早期退職を募ったことを機に、田舎に移り住むことを決意。移住先を探していたところ、インターネットで情報を得て和歌山に足を運んだ。その流れに乗って、とんとんと移住が決まった様子。ご家族の反対はなかったですか?「反対はされなかったけど、本心は知らんよ(笑)」。

当時、和歌山県の移住への取り組みは始まったばかりで、はっきりとした窓口もなかった。それでも、県から美里町を紹介され、町職員から案内を受け、地元のひとと交流する機会を得た。そのつながりで、空き家を探すための仮の家を貸してもらえることになった。「借りられる家がなかなか見つからないでいたら、土地を貸してくれるという話をいただいて、家を建てることになったんです」。

前職は土木関係の仕事をしていた。その時の経験や伝手を活かし、雑木林の整理から始めて一年がかりでログハウスを建てた。「セルフビルドをしたことはなかったけど、ログハウスを建てた方が町内にいたので、話を聞いたり、手伝ってもらったりしました」。和幸さんが家を建てている間、仮の家で過ごした時間を、和子さんは「貴重な一年だった」と振り返る。お隣に住む大家さんについて回って、お茶、梅干し、野菜の作り方など、紀美野町での生活を教わった。現在の家は仮の家から少し離れたところにあるが、その地区の行事には今でも参加している。

田舎はつながっていくところ

田舎はつながっていくところだと思う。小さなコミュニティではすぐに話が広がる。知らない相手でも、自分のことを知っている。すれ違えば会釈、挨拶をする。都会では不審がられるかもしれないが、ここでは当たり前のコミュニケーションだ。また、田舎では、その地域に住んでいる、という繋がりでする行事が多い。餅まき、草刈り…。「地元の行事は、最初は億劫かもしれないけれど、できるだけ参加すること。最初から断っていったら、もう誘ってくれんようになると思う。若いひとは、仕事をしないといけないから難しいかもしれないけれど、歳を取って、家にいるような年代のひとがそうしてたらいけない」。参加すればつながりが広がっていく。「それが楽しい」と、夫妻は言う。

和子さんが加工グループに参加しているのも、つながりを作ろうと考えたことがきっかけだった。今は移住者への支援が充実してきて、横のつながりができやすい。だが、当時近所にいたのは年配の方ばかりで、生活スタイルもかなり違った。地域に馴染んでいこうと思ったら、何かの活動に参加して、同年代の横のつながりを作らないといけないと思っていたときに誘われて、一員となった。もともとお菓子作りが好きな和子さん、現在は人気商品のいくつかを受け持っている。「目的は違うけど、移住したいひとは、何か想いを持ってくる。それができる環境にしてもらっているという周りへの感謝を常に忘れずに生活して欲しいなぁ」。

畑の世話、地域の行事、持ち回りで地域の役。ハーブ教室、加工グループでの作業、ふたりともやることはたくさんあるけれど、あれをしないと、これをしないと、という気負いは感じられない。和子さん曰く「明日何をしようかなと、余白を楽しめる感じ」。無理をせず、できることを楽しんでいる空気が伝わってくる。「私には趣味という趣味はなくて、何にでも手をだしてすぐに飽きちゃう(笑)。でも、毎日の畑の世話など、やることはいくらでもある。都会で働いている間はずっと単身赴任をしていたけど、今は毎日顔を合わせることができて、自分のすることで女房が喜んでくれることが嬉しいかな」和幸さんはちょっと照れくさそうに話してくれた。

自分たちのペースで手仕事を楽しむ

夫妻とともに日々を重ねてきた木のぬくもりに包まれる家には、和子さんと和幸さんが作った小物などが並んでいる。「衣食住、自分たちでできることはしようと。住むところは作ってもらったし、さおり織りで服を作るし、食べる物もなるべく作って…無理してやろうというのではなくて」。目指しているのは完全自給ではなく、自分たちのペースで手仕事を楽しむ暮らし。

紀美野町はちょっと行けば田舎、ちょっと行けば都会。いいとこどりの立地だから、若い移住希望者が多く訪れる。「今までは、若いひとには、外に稼ぎに行かないと、こっちでは生活できんで、と話をしてきたけど、最近はそうじゃないと思い始めてきた。何かしらできるし、やってるしみんな。頑張ってるもんなぁ」。周りのひとのつながりを大事に、地域に溶け込んだパイオニア夫妻は、新規移住者を穏やかに見守る。

あれから7年…

 風に乗ってふわりとハーブの香りがただようハーブ園を抜けて、7年ぶりの川内夫妻のログハウスへ。前のインタビュー時に移住歴15年だった彼らは、さらに7年を紀美野で過ごし、移住歴22年の大先輩に。木の家は年を経て味のある色に変化していましたが、川内夫妻は7年前と変わらない柔らかな笑顔で迎えてくださいました。

ーこの7年間で何か変化はありましたか?

和幸さん
  去年の冬ごろ妻が病気で倒れ、そこから生活が少し変わってきたかな。倒れた時に私は近くに
  いなかったんでね、それからはできるだけ妻のそばにいるようになり、借りていた畑の世話な
  どが以前より少し減りましたね。暖かくなってきたら、また少しずつ始めていこうかと思って
  います。

和子さん
  70歳を過ぎて、昔のようにはどんどん動けたりはなくなってきな~というのを感じます。
  その分体に気を使いながら、年相応の生活をしていきたいかなと思うようになったぐらいです
  ね。以前までは頻繁にハーブのワークショップをしてたんですけど、病気で倒れてからは、自
  分に無理のない程度に、できることは行うようにしています。

ー地域を移動したいなど、心境の変化はありましたか?

20年も前から住み続けている今の住まいにはとても満足しているので、年も年なんでね、引っ越しなどは今のところ考えてないな。
若い移住者もたくさん来てくれているし、もうそろそろ世代交代していかないけんな。私たちは脇役でね(笑)。若い人もそうやけど、子どもから少しづつ手が離れたような方たちも一緒になって、中心がそういう方たちに移っていけばいいかな~と思っていますね!

ー最近の楽しみは?

和幸さん
  僕は夜に夫婦2人でちょこっとお酒を飲むのが楽しみですね。
和子さん
  病気をしてからやっぱり日常の生活がありがたいなと思うことがあるので、作ってくれた
  お野菜で何を作ろうかなとか、今日は何をしようかなとか考えている時が楽しいです。

ーでは最後に…7年前の自分自身にひとことお願いします!

和幸さん
  「誰でも十人十色で考えが違うから、自分が当たり前だと思っている常識は、他人は違う
   という事を心の片隅に置いておくことも大事かな。」
和子さん
  「周りの人たちにやりたいようにさせてもらってきたので、みんなに感謝して進んでこれ
   たよ。」

見た目から想像もできないような体力仕事を買って出てくださる和幸さんと、遊びに行くとハーブティーを淹れてにこにことお話をしてくださる和子さん。移住者の交流会などには欠かさず顔を見せてくださる、今では後輩移住者に囲まれるおふたりです。のどかな田園風景を抜けた先の、四季折々の顔を見せるハーブ園にぜひ一度遊びに行ってみてください。

は~ぶ工房もくもく

090-8238-9513

〒640-1221 紀美野町三尾川785番地

きみので暮らそ。