生きることを楽しみたい – きみので暮らそ。

生きることを楽しみたい

田中さん

時間をかけることから始まる『田舎暮らし』

田中さんは、京都からの移住者。築約二五年、空家歴十六年の一軒家のDIYリフォームにチャレンジしている。同物件は、長年の風雪と野生動物の侵入でくたびれ果てていたが、ふたりで力を合わせて一階内装を完成させた。オフホワイトの珪藻土の壁と、柔らかな色に磨かれた木の柱や床。丁寧に貼られたキッチンのタイル。随所に、夫妻の思い入れがうかがえる。

夫妻は田舎が好き。もう少し詳しく表現するなら、生活を能動的に楽しむとしたら田舎が最適だと考えている。都会は便利で収入を得やすいが、出費の多くの割合を家賃が占め、忙しさから外食がちになれば食費も嵩む。得たものを次々と消費していく受動的な生活スタイルに、生きるために働いているのか、生きることを楽しむために働いているのかわからなくなった。

宏明さんは「生きることを楽しみたい」と結論を出し、田舎暮らしを希望。飛鳥さんも同じく、生活を楽しみたい、時間をかけて何かを作りたいという気持ちがあり、夫妻そろって移住を決めた。

都会の価値、田舎の価値

田舎暮らしを始めて、食費、交際費、家賃は格段に減ったが、ガソリン代は跳ね上がった。加えて、改修の材料費、工具や農作業用具への初期投資が必要だった。だが、ここで使ったお金には、のちの生活につながっていく感覚がある。「居心地の良さを品質で表現するのが都会の価値なら、自分たちで手をかける、関わる、その場所にほっとするのが田舎の価値」。それは、自分たちの手で改修をしなければわからなかったこと。

自家焙煎のコーヒーを片手に、紀美野暮らしの話がぽんぽんと飛び出す。改修はまず、大量にあった動物の糞取りから始まった。車に泊まって作業していたら驚くほどダニに噛まれた。疲労困憊に追い打ちをかけた暴風雨。車中泊での作業は無理だと、短期滞在施設を借りることに決めた。施設は山の中にある。次々と訪れる野生動物や虫が「楽しかった」との感想。改修のやり直しに、心が折れる瞬間。くたくたになった作業後のビールの恋しさ、口にした時のおいしさ。おいしいと言えば、産直に売っている魚に感動した。「和歌山はいい魚が安い!」。ふたりとも、生活を楽しんでいることが伝わってくる。

ちょっと足りないくらいが楽しい。足りないことを楽しめないひとは、田舎暮らしに向かないと思う。「生活に関わることを自分でやる。やるしかない…わけではないけれど、畑や家に能動的に関われる」宏明さんが言えば、「四季折々にお題がある。それが田舎で、人間の生活。対処することがあって飽きない」と、飛鳥さん。

現在は家の改修に始まり、草刈り、剪定、畑の準備、町内イベントへの参加や手伝い、カキやミカンの収穫や出荷のバイトなどをこなしており、今後は町外のマルシェへのセレクトショップ出店も行っていく予定。ショップでは紀美野の産品を扱いたい。「自分だけが得をするのではなくて、周りの人にもちょっとでも得をしてもらいたい」。外側の視点で発見した良いもの、素晴らしいものがたくさんある。

『ふたり』であること

紀美野に来て発見したことのひとつに、夫婦の関係がある。曰く、「ふたり感がすごい」。夫で嫁で、パートナーで仕事仲間。互いを尊重しながら淡々と日常会話を繰り返す、生きることと働くことがひとつながりになっている関係を、ふたりは「日常につながっている」「なんて幸せなんだろう」と評する。田中さん夫妻が理想とするのは、そんな「田舎の夫婦」だろうか。DIYのコツは?という問いに、「お互いを尊重することが一番大事ですね。DIYに限らずかもしれないけど」。そんな答えをくれるから、すでにその関係を築いているような気がするけれど。

あれから7年…

今ではたくさんの車が通る大きな道。その近くから川際へ下りる曲がりくねった道の先に彼らの家はあります。人が増えたり減ったり。道ができたりトンネルが通ったり。少しずつ変わってきた町の風景のなかで彼らもまた、生活の変化を7年分積み重ねておられました。しかし、パワフルさはあの頃と少しも変わらぬままです。

ーこの7年間で何か生活に変化はありましたか?

息子が生まれて夫婦から家族に!
息子といい時間を過ごすために、どういう生き方をするか考え始めましたね~。都会で忙しく生活していると、子育てを楽しむ時間すらないじゃないですか。田舎でゆとりのある中での子育てが、本来の子育てじゃないかな。また、いつの間にか米を作り、卵をとり、野菜を作り、服を作り…。100%の自給自足ってわけじゃなくDIYの延長というように、自分たちのできる範囲でバランスよくまかなえています。

ー心境の変化はありましたか?

こっちに来てから自分の可能性が広がった!毎日務めていたら趣味や新しい自分を見つける時間を取れていなかったけど、今はゆとりの時間があるので、こんなことができたんだ!そういえばこれが好きだったんだ!と新しい趣味や自分の好きだったものを思い出すことができましたね。

飛鳥さん
  以前から興味のあった服作りを始めました!最近は狂ったようにミシンを動かしています
  (笑)。またいろいろなご縁があって、昔憧れていた教師の仕事を高校でさせてもらって
  います。
宏明さん
  長年やってきた農作業の経験から、自然に得た農業知識がある事にあらためて気づいたん
  です!その経験を活かして田んぼを始めたり、山椒を植え始めました。最初は大変でくじけ
  そうになったことも多々あったけど、85歳の師匠に何でも聞いて、見て学んで、しごか
  れて(笑)、今は粘り強く畑仕事ができるようになりました!

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ー最近の楽しみは?

飛鳥さん
  最近飼い始めたニワトリのお世話や服作り。実は今日の服も自分で作りました!
  お坊さんの袈裟(けさ)を縫ったり、口コミで注文をもらったりすることもあります。
宏明さん
  温泉と田んぼですね。移住当初は近所の方たちとの距離を感じていたけど、田んぼをやり始
  めてからは急に距離が近づいた気がしました。時代は違えど思いが同じなら仲良くなれるん
  やなと思いました!

ーでは最後に…7年前の自分自身にひとことお願いします!

飛鳥さん
  「自分を信じろ!もっと開けることがあるんだ!!」
宏明さん
  「俺の今のこの幸せそうな顔を見てみ!(笑)論より証拠で、今の自分を見たら大丈夫そう
   やなって分かってくれるんちゃうかな!」

困難を苦しさで終わらせず、何事も2人のパワーでおもしろさに変えて楽しむ暮らしをつくっていく田中ご夫妻。初対面の相手でもそのことを感じさせないほど、話すほどに惹き込まれる彼らの「きみの暮らし」。お人柄によるところは言うまでもなく、それは自ら動いて得た体験と気づきに裏打ちされた、彼らだけの確かな言葉だから。そんな彼らに町のなかでもし出会ったら「きみのってどんなトコ??」と聞いてみてください。彼らが体当たりでつけ、出会い、拾い集めたこの町の素敵なところを山のように教えてくれますよ。

flying8ird

きみので暮らそ。